p-tau217とは? ― 認知症を血液で“超早期発見”する次世代バイオマーカー
近年、「認知症は血液検査でわかる時代が来る」と報じられる機会が増えています。その中心にあるのが、本記事で取り上げる「p-tau217(ピー・タウ・217)」という血液バイオマーカー※です。
用語解説
- バイオマーカー
- 病気の有無や進行の程度を客観的に測るための、体内の指標となる物質。
認知症は、2024年に認知症基本法が施行されるなど、社会全体で取り組むべき課題となっています1。とりわけアルツハイマー型認知症は、もの忘れなどの症状が現れるよりずっと前から、脳内で静かに変化が始まっていると考えられています。しかしこれまで、その「見えない初期変化」を捉えるには、アミロイドPET検査※や脳脊髄液検査(腰椎穿刺)といった、費用や身体的な負担の大きい検査が必要でした。
用語解説
- アミロイドPET検査
- 放射性の薬剤を使って、脳にたまったアミロイドβを画像で映し出す検査。
そこに、わずかな採血で脳内の変化を高い精度で推定できる指標として登場したのが、p-tau217です。本記事では、p-tau217とは何か、なぜ画期的なのか、国内外の最新動向、そして今後どのように展開していくのかを、分かりやすく整理します。
この記事でわかること
- p-tau217とは何か ― タウというタンパク質と「217番のリン酸化」がもつ意味
- 何が画期的なのか ― PET・脳脊髄液に匹敵する精度と、症状が出る前から捉えられる早期性
- 国内外の最新動向 ― FDA承認、日本人を対象とした多施設検証、検査試薬の広がり
- 今後の展望と、まだ残されている課題
p-tau217とは?
p-tau217とは、神経細胞の中にある「タウ」というタンパク質の特定の部位(217番目のアミノ酸)がリン酸化※された状態を指します。血液(血漿※)中のp-tau217の量を測ることで、脳内でアルツハイマー型認知症に特徴的な変化が起きているかどうかを、間接的に推定できると考えられています。採血だけで済むため、負担の大きい従来の検査に比べて低侵襲※・簡便・低コストで、より多くの人がアクセスしやすいことも、この指標が注目される大きな理由です。
用語解説
- リン酸化
- タンパク質にリン酸基が結合する化学反応。生体内で正常に起こる反応だが、タウでは過剰なリン酸化(過リン酸化)が病的な変化の引き金になる。
- 血漿
- 血液から赤血球などの血球成分を除いた液体部分。
- 低侵襲
- 検査や治療による体への負担・傷が少ないこと。
そもそも「タウ」とは
タウは、神経細胞の骨組みである微小管※を安定させる役割をもつタンパク質です2。健康な状態では細胞の構造を支えていますが、過剰にリン酸化されると微小管から剥がれ落ち、糸くずが絡まったような「神経原線維変化※」を細胞内に形成します。これは、もう一つの原因物質であるアミロイドβがつくる「老人斑※」と並ぶ、アルツハイマー型認知症の代表的な病変です。アミロイドβとタウの関係については、関連記事「アミロイドβとは?」でも詳しく解説しています。
用語解説
- 微小管
- 細胞の形を支える管状の構造物。神経細胞では物質の輸送路としても働く。
- 神経原線維変化
- 過剰にリン酸化されたタウが神経細胞の中にたまり、線維状のかたまりになった状態。
- 老人斑
- 脳の神経細胞の外側にアミロイドβがたまってできる、シミのような沈着物。
「217番」のリン酸化が指標になる理由
タウにはリン酸化される部位が複数あり、これまでp-tau181やp-tau231といった指標も研究されてきました。その中でも217番目の部位のリン酸化(p-tau217)は、脳内のアミロイド病理※ともっともよく相関し、ほかの部位を測る指標よりも診断精度の面で優れていることが、複数の研究で報告されています3。このため、近年の血液バイオマーカー研究はp-tau217を中心に進んでいます。
用語解説
- アミロイド病理
- 脳内にアミロイドβが異常にたまり、神経に変化が起きている状態。
p-tau217は何が画期的なのか
p-tau217が注目される理由は、大きく「精度」と「早期性」の二つに整理できます。
一つめは精度です。これまで専用の検査でしか捉えられなかった脳内の病理を、わずかな採血でも画像(PET)・髄液検査に匹敵する精度で推定できる――ここがp-tau217の最大の革新です。複数の研究を統合したメタ解析※でも、血漿p-tau217が脳内のアミロイド病理を高い精度で検出できることが示されています4。
用語解説
- メタ解析
- 複数の研究結果を統計的に統合する分析手法。
二つめは早期性です。これは、発症のはるか前のごく早い段階から脳の変化を捉えられることを指します。遺伝性アルツハイマー病の家系を追跡した国際共同研究では、脳の病理変化が発症の20年以上前から始まっていることが報告されています5。p-tau217はその超早期の段階から血液中で上昇し始める可能性が研究されており、症状が現れる前の長い「予備期間」に脳の状態を把握できる点が、予防・早期介入の観点から大きな意味をもちます。

最新動向 ― 国内外で進む研究と実装
p-tau217の研究と実装は、いまどこまで進んでいるのでしょうか。ここからは、国内外の代表的な動きを見ていきます。
2025年、FDAが初の血液検査を承認
2025年5月、米国食品医薬品局(FDA)は、アルツハイマー病の診断補助を目的とした初の血液検査を承認しました6。これはp-tau217とアミロイドβ42の比を測定するもので、これまでPET検査に頼っていたアミロイド斑の検出を、採血で行える可能性を開いた節目のできごとです。ただし対象は、55歳以上で認知機能の低下の兆候がある人に限られており、症状のない人へのスクリーニング検査※として承認されたわけではない点には注意が必要です。
用語解説
- スクリーニング検査
- 症状のない多くの人から、病気の可能性がある人をふるい分ける検査。
日本人を対象としたp-tau217の多施設検証
海外で先行してきたp-tau217研究ですが、日本人を対象とした検証も急速に進んでいます。多施設共同研究J-ADNIの参加者172名の血液を解析した研究では、血漿p-tau217が、アミロイドPET検査などを基準とした脳内アミロイド病理の有無を、90%以上の精度で判別できることが示されました。さらに、軽度認知障害(MCI)の段階でp-tau217が高い値を示した群は、低い群と比べ、その後の追跡期間でアルツハイマー型認知症の発症リスクが約5倍高かったことも報告されています7。
脳脊髄液検査に匹敵し、検査の負担を減らせる可能性
こうした高い精度は、すでに臨床で使われている脳脊髄液検査との比較でも確かめられています。海外では、市販の測定法が脳脊髄液バイオマーカーと同等の診断精度を示すと報告されました8。さらに国内では、認知症専門外来を中心とした多施設共同の前向き研究※で、血液検査を診断の入り口に用いると約40%の人が「脳アミロイド蓄積の可能性が低い」と判断され、PET検査や脳脊髄液検査の実施数を減らせる可能性が示されました9。
用語解説
- 前向き研究
- 研究を始めた時点から対象者を将来に向けて追跡し、結果を調べる方法。
p-tau217を測る検査試薬の広がり
測定技術の実装も進んでいます。国内の検査機器メーカーからは、血液中のp-tau217を全自動で測定する研究用試薬が発売され、欧州を皮切りに各国へ順次展開されています10。こうした測定基盤の普及は、研究や創薬におけるデータ蓄積を加速させると期待されています。
「健常者にどこまで使えるか」というグレーゾーン
一方で、慎重に見るべき論点もあります。認知機能に問題のない高齢者でも、加齢に伴ってp-tau217の値が上昇する傾向があり、血液検査では陽性でもPET検査では陰性となるケースが報告されています11。また、メタ解析でも、p-tau217は認知機能が低下した人での精度が高い一方、無症状の人での精度はやや下がることが指摘されています4。症状のない人の値をどう解釈するかは、今まさにデータの蓄積が進んでいる領域です。
評価指標としての活用
p-tau217の用途は、診断にとどまりません。薬剤の効果を追跡する評価指標(エンドポイント)として臨床試験で活用が進んでいるほか12、その応用は創薬・基礎研究にも広がっています。たとえば、本わさび由来成分ヘキサラファン(6-MSITC)をアルツハイマー型認知症モデルマウスに投与した前臨床研究※では、脳内のタウ指標とともに、血中のp-tau217が統計的に意味のある水準で低下したことが報告されています13(詳細は関連記事「本わさびの成分がアルツハイマー型認知症に効く?」で解説しています)。これはマウスを対象とした基礎研究の段階ですが、p-tau217が、薬剤だけでなく食品由来成分の作用までを評価できる共通の指標として使われ始めていることを示す一例です。
用語解説
- 前臨床研究
- 人で試す前の、細胞や動物を使った段階の研究。
加えて、タウ病理の進行をより直接反映する別の血液指標と組み合わせ、アミロイドの段階とタウの段階を2段階で評価しようとする研究も始まっており、診断の精度をさらに高める方向で発展しつつあります。
今後予想される展開
診断フローの効率化と医療経済
血液によるp-tau217検査が普及すれば、前述の「まず採血で絞り込む」診断フローが、認知症専門外来にとどまらず、かかりつけ医や健診の場へと広がっていく可能性があります。負担の大きい検査を本当に必要な人に絞り込めれば、患者の負担軽減と医療経済の両面で大きな意味をもちます。
予防・先制医療※への入口
さらに重要なのは、症状が出る前の段階でリスクを把握できれば、生活習慣の見直しや、適応のある人への治療選択といった「先回りの対応」につなげられる点です。p-tau217は、発症前からリスクに先回りする先制医療を実現する入り口として期待されています。
用語解説
- 先制医療
- 発症する前にリスクを見つけ、早めに対処して発症や進行を防ごうとする考え方。
残された課題
期待が高まる一方で、課題も残されています。施設や測定法ごとに基準値(カットオフ値)をどう標準化するか、また前述のように無症状の人の値をどう扱うか、といった点はこれからの議論です。さらに、p-tau217はあくまで診断を補助する指標であり、これ単独で確定診断を下すものではない、という点も押さえておく必要があります。
まとめ
- p-tau217は、タウというタンパク質の217番目の部位がリン酸化された状態を測る血液バイオマーカーで、脳内のアルツハイマー型認知症の病理をよく反映する
- PET検査や脳脊髄液検査に匹敵する精度をもち、症状が出る20年以上前の超早期から変化を捉えられる可能性がある
- 2025年にはFDAが初の血液検査を承認し、日本人を対象とした多施設での検証や検査試薬の展開も進んでいる
- 一方で、無症状の人での解釈や基準値の標準化など、残された課題もあり、確定診断ではなくあくまで診断を補助する指標である
- 早期にリスクを把握できることは、生活習慣の見直しや先回りの対応につながる入口となり得る
現時点でp-tau217検査は、主に医療機関での診断補助として使われ始めた段階です。もの忘れなど気になる症状がある場合は、まず「もの忘れ外来」などの専門医に相談することが、確かな第一歩になります。
「血液で認知症のリスクがわかる」というニュースを目にしたとき、その言葉が何を意味し、どこまでが実現していて、何がこれからなのかを冷静に読み解く――本記事がそのための手がかりになれば幸いです。
[ 引用・参考文献 ]
- 内閣府「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(令和5年法律第65号、2024年1月1日施行) ↩︎
- Wang Y, Mandelkow E. “Tau in physiology and pathology.” Nature Reviews Neuroscience 17: 5–21 (2016) ↩︎
- Palmqvist S, et al. “Discriminative Accuracy of Plasma Phospho-tau217 for Alzheimer Disease vs Other Neurodegenerative Disorders.” JAMA 324(8): 772–781 (2020) ↩︎
- Khalafi M, et al. “Diagnostic accuracy of phosphorylated tau217 in detecting Alzheimer’s disease pathology among cognitively impaired and unimpaired: A systematic review and meta-analysis.” Alzheimer’s & Dementia (2025) ↩︎
- Bateman RJ, et al. “Clinical and Biomarker Changes in Dominantly Inherited Alzheimer’s Disease.” New England Journal of Medicine 367: 795–804 (2012) ↩︎
- U.S. Food and Drug Administration. “FDA Clears First Blood Test Used in Diagnosing Alzheimer’s Disease.” Press Announcement (May 2025) ↩︎
- 新潟大学脳研究所「血液バイオマーカー”p-tau217″は脳内病理を高精度に検出し、アルツハイマー病の発症を予測する」プレスリリース(2026年2月13日) ↩︎
- Ashton NJ, et al. “Diagnostic Accuracy of a Plasma Phosphorylated Tau 217 Immunoassay for Alzheimer Disease Pathology.” JAMA Neurology 81(3): 255–263 (2024) ↩︎
- 東京都健康長寿医療センター研究所「血漿p-tau217は脳アミロイド蓄積に対して脳脊髄液バイオマーカーと同等の検出精度を示す ― 多施設共同前向き臨床試験で実証 ―」プレスリリース(2026年3月27日) ↩︎
- シスメックス株式会社「アルツハイマー病関連、血液中のp-Tau217を測定する研究用試薬を発売」ニュースリリース(2026年4月13日) ↩︎
- Alzforum. “Even With Cognitively Normal Aging, Plasma P-Tau217 Rises.” Conference Coverage(2025) ↩︎
- Mattsson-Carlgren N, et al. “Evaluating Plasma p-tau217 as an Endpoint for Alzheimer Disease Clinical Trials.” Neurology 106(1): e214441 (2026) ↩︎
- García-Yagüe AJ, et al. “Hexaraphane as a potential therapeutic strategy for tauopathies.” Redox Biology 92, 104107 (2026) ↩︎