本わさび由来ヘキサラファン(6-MSITC)はなぜ注目されるのか ― がん・認知症・肥満への可能性を総説論文から読み解く

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投稿日:2026.06.12  |  更新日:2026.06.15  |  約13分で読めます

私たちの体に起こる多くの生活習慣病は、酸化ストレスと慢性的な低レベルの炎症を共通の土台としていると考えられています。肥満、インスリン抵抗性、心血管疾患、代謝症候群、糖尿病、がん、そしてパーキンソン病やアルツハイマー型認知症といった神経変性疾患── 一見ばらばらに見える疾患も、根っこの部分でつながっている可能性が指摘されています。

だからこそ、副作用のリスクが少なく、複数の作用点を持つ天然由来の成分に関心が集まっています。今回は、このサイトでもたびたび取り上げてきた日本の食卓でおなじみの本わさび由来成分「ヘキサラファン(6-MSITC)」を多角的に整理した総説論文を解説します。2024年に科学誌 Nutrients に発表されたこのレビューは、ヘキサラファンが「がん・アルツハイマー病・肥満」の予防候補となりうる根拠を、シグナル伝達経路のレベルから読み解いています。

老化さん 用語解説
インスリン抵抗性
血糖値を下げるホルモン「インスリン」が効きにくくなった状態のことです。

シグナル伝達経路
細胞が外からの刺激を受け取り、内部に情報を伝えて反応を起こすための一連の仕組みのことです。

この記事で分かること


ヘキサラファン(6-MSITC)とは

ヘキサラファン(6-MSITC)は、日本産本わさび(Eutrema japonicum)の根茎に含まれる、希少な機能性成分のひとつです。ブロッコリースプラウトの健康成分として知られる「スルフォラファン」とよく似た構造を持つ仲間(イソチオシアネート※という成分グループ)にあたります。抗炎症・抗酸化作用を持ち、合成物質と比べて毒性リスクが低いと報告されている点が特徴です。

老化さん 用語解説
イソチオシアネート
わさびやブロッコリーなど、アブラナ科の野菜に含まれる、辛みのもとになる成分グループのことです。

今回ご紹介する総説論文について

本記事で取り上げるのは、Bartkowiak-Wieczorek らが2024年に科学誌 Nutrients に発表した総説(レビュー)論文です。著者らはデータベースを横断的に検索し、わさび・わさびエキス・ヘキサラファンに関する研究を収集・整理しています。

ここで押さえておきたいのは、本論文が新しい実験を行った研究ではなく、これまでに発表された細胞実験・動物実験・少数のヒト試験を体系的にまとめた「総説」だという点です。個々のエビデンスの強さは研究ごとに異なるため、結論は「可能性」のレベルで読み解く必要があります。

老化さん 用語解説
総説(レビュー)論文
あるテーマについて、これまでに発表された複数の研究を収集・整理し、全体像や今後の課題をまとめた論文です。新しい実験データそのものを示すものではなく、研究の流れを俯瞰するうえで役立ちます。

ヘキサラファンがはたらく「共通の鍵」― 体を守るスイッチ「Nrf2」

なぜ一つの成分が、がん・神経変性・代謝という異なる領域で注目されるのでしょうか。総説が示す答えの一つが、複数のシグナル伝達経路に同時に働きかける点です。中でも中心的なのが Nrf2/Keap1-ARE経路 です。

Nrf2は、体を酸化ストレスから守る「防御スイッチ」のような役割を持つタンパク質です。ふだんは Keap1 という別のタンパク質に抑えられていますが、酸化ストレスがかかるとこの抑えが外れ、Nrf2 がはたらきだします。すると、抗酸化や解毒に関わるさまざまな遺伝子が一斉に動き出し、細胞を守る態勢が整います。ヘキサラファンはこの Nrf2 を安定化させ、細胞の防御機構を底上げする方向にはたらくと報告されています。Nrf2 のしくみそのものについては「Nrf2とは?」で詳しく解説しています。

このほか総説では、エネルギー代謝(AMPK)、脂質の代謝(PPAR)、細胞の増殖や炎症、がんに関わる経路など、体のはたらきを調整するいくつもの仕組みへの関与が整理されています。こうした複数の経路に同時に関わることが、多彩なはたらきにつながると考えられています。

老化さん 用語解説
AMPK
体のエネルギー状態を感知して代謝を調整する酵素で、「エネルギーセンサー」とも呼ばれます。

PPAR(PPARγ)
脂質の代謝や脂肪細胞のはたらきに関わるタンパク質です。

NOMON&Co. サイエンティストの視点:体を守ってくれるSP、根本原因に作用するヘキサラファン

冒頭で触れた一見ばらばらに見える疾患へのアプローチが期待されるのには理由があります。それは、ヘキサラファンが個々の疾患の上流にある酸化ストレス、炎症を抑制する司令塔、「Nrf2」というタンパクに働きかける、数少ない食品由来成分だからです。抗酸化、抗炎症作用を示す成分はビタミンCやβ-カロテンなどたくさん知られていますが、数時間で排泄されてしまいます。ところがヘキサラファンの効果は持続することが示唆されています。まるで、24時間体制で守ってくれるSPのようですね。


期待される疾患領域

総説が整理する研究知見を、大きく3つの領域に分けて見ていきます。

① がん(乳がん・大腸がん など)

乳がん: ヒトの乳がん細胞を用いた実験では、ヘキサラファンが、特に治療が難しいとされるタイプの乳がん細胞に対して、濃度を上げるほど強くアポトーシス(自然な細胞死)を促したと報告されています。これは、がん細胞が生き延びるために使っている2つのはたらき――炎症をうながす信号と、細胞を増やす信号――を、ヘキサラファンが同時に抑えたためと考えられています。一方、別のタイプの乳がん細胞(MCF-7)では同じ作用は見られず、効果はがんの種類によって異なる可能性があります1

大腸がん: ヒトの大腸がん細胞を用いた研究では、ヘキサラファンが、がん細胞に「死になさい」という指令を伝えるスイッチを入れ2、さらに細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアのはたらきを止めることで、細胞死へ導いたと報告されています。しかもこの作用は、がんを抑える代表的な遺伝子「p53」がはたらいているかどうかに関係なく見られました。p53が壊れたタイプのがんにも効く可能性がある、という点で注目されています3

このほか、発がん物質を活性化してしまう一部の酵素(CYP)のはたらきを抑えるようにはたらいたとの報告もあり、がんの「発生そのものを防ぐ」観点からも関心が寄せられています。

② 神経変性疾患(アルツハイマー・パーキンソン)

アルツハイマー病: 脳にアミロイドβを注入して記憶障害を起こしたモデルマウスに、ヘキサラファンを 5 mg/kg・10日間投与した研究では、記憶テスト(受動的回避試験)の成績が改善したと報告されています。記憶の中枢である海馬では、アミロイドβによって生じた抗酸化物質(グルタチオン)の減少と活性酸素の増加が抑えられ、神経炎症やアポトーシス(細胞の自然な死)もやわらいでいました4

パーキンソン病: 神経毒(6-OHDA)でパーキンソン病に似た状態にしたマウスでも、ヘキサラファンが神経を保護し、運動障害の軽減が示されています5

いずれも、細胞の防御スイッチである Nrf2 経路の活性化が関与すると考えられています。アルツハイマー型認知症との関連は「本わさびの成分がアルツハイマー型認知症に効く?」でも取り上げています。

老化さん 用語解説
アミロイドβ
脳内に蓄積すると、アルツハイマー型認知症の原因の一つになると考えられているタンパク質です。

③ 肥満・代謝症候群

代謝症候群を起こしやすいラットにわさびの葉エキスを4 g/kg/日で与えた研究では、体重の増加と高血圧がやわらぎ、血液中の中性脂肪(TG)が有意に低下したと報告されています。仕組みとしては、脂肪をため込む方向にはたらくタンパク質(PPARγ)を抑えて脂肪細胞が大きくなるのを防ぎ、さらに脂肪の代謝を整えるホルモン(アディポネクチン)を増やすことで、エネルギー代謝の調整役である AMPK を活性化。その結果、脂質の代謝や肝臓の状態を示す数値が改善したと考えられています6

なお、ここでの根拠は、精製したヘキサラファン単体ではなく、わさびの葉エキスを用いた結果である点には注意が必要です。エネルギー代謝の調整役である AMPK へのはたらきかけが、代謝の改善に寄与する可能性が示唆されています。

図:ヘキサラファン(6-MSITC)が複数のシグナル伝達経路に与える影響。Nrf2/Keap1経路をはじめ、エネルギー代謝(AMPK)や脂質代謝(PPAR)など複数の経路に同時に働きかけることが、多彩なはたらきの背景にあると考えられている(↑は活性化・増加、↓は抑制・減少を示す)。
出典:Bartkowiak-Wieczorek J. et al., Nutrients 16(15), 2509 (2024) Fig.2より引用

ヒトでの研究はどこまで進んでいるか

ここまで紹介した知見の多くは、細胞や動物を対象とした基礎研究です。総説でも繰り返し指摘されているとおり、ヒトを対象とした研究はまだ限られています。

現時点でヒトでの報告として確認されているものには、以下のようなものがあります。

老化さん 用語解説
二重盲検ランダム化比較試験(RCT)
参加者をランダムに2つのグループに分け、本人にも評価者にもどちらが本物かを知らせずに行う試験方法です。思い込みの影響を排除でき、信頼性が高いとされます。

ワーキングメモリ
作業や考えごとのあいだ、必要な情報を一時的に覚えておく記憶のことです。

エピソード記憶
「いつ・どこで・何をしたか」という、出来事に関する記憶のことです。

オープンラベル試験
参加者・研究者ともに、どの成分を摂取しているかを知った状態で行う試験のことです。

このように、ヒトでも有望なデータが出始めている一方、対象人数や試験デザインには限界があり、効果を確定するにはさらに大規模で厳密な検証が必要とされています。


この総説の意義と今後の展望

本総説の意義は、ばらばらに報告されてきたヘキサラファンの研究を、シグナル伝達経路という共通の視点で整理し、「なぜ多彩な疾患領域で注目されるのか」を一望できる形にまとめた点にあります。

もうひとつの価値は、この俯瞰図が「次にどの領域・どの用量をヒトで確かめるべきか」という研究の道筋を考える出発点になる点です。記憶機能や疲労・睡眠といったヒトでのデータも少しずつ報告され始めており、基礎研究で見えてきた可能性を一つずつ検証していく段階へと進みつつあります。


まとめ

本わさび由来のヘキサラファン(6-MSITC)は、Nrf2/Keap1経路を中心とした複数のシグナル伝達を介して、がん・神経変性疾患・肥満/代謝など幅広い領域で予防につながる可能性が研究で報告されている成分です。ただし、その多くは細胞・動物実験の段階であり、ヒトでの検証はこれからの課題といえます。身近な薬味に含まれる成分が、私たちの健康にどう役立つのか。その答えを確かめるための研究が、いま着実に進みつつあります。


参考文献

本記事の主要論文:

  • Bartkowiak-Wieczorek, J. et al. “Methylsulfinyl Hexyl Isothiocyanate (6-MSITC) from Wasabi Is a Promising Candidate for the Treatment of Cancer, Alzheimer’s Disease, and Obesity.” Nutrients 16(15), 2509 (2024). DOI

本文中で触れた関連研究:

  1. Fuke, Y. et al. “Wasabi-derived 6-(methylsulfinyl)hexyl isothiocyanate induces apoptosis in human breast cancer by possible involvement of the NF-κB pathways.” Nutr. Cancer 66(5), 879-887 (2014). ↩︎
  2. Yano, S. et al. “Involvement of ERK1/2-mediated ELK1/CHOP/DR5 pathway in 6-(methylsulfinyl)hexyl isothiocyanate-induced apoptosis of colorectal cancer cells.” Biosci. Biotechnol. Biochem. 83(5), 960-969 (2019). ↩︎
  3. Yano, S. et al. “Wasabi 6-(methylsulfinyl)hexyl isothiocyanate induces apoptosis in human colorectal cancer cells through p53-independent mitochondrial dysfunction pathway.” BioFactors 44(3), 273-282 (2018). ↩︎
  4. Morroni, F. et al. “Protective Effects of 6-(Methylsulfinyl)hexyl Isothiocyanate on Aβ1-42-Induced Cognitive Deficit, Oxidative Stress, Inflammation, and Apoptosis in Mice.” Int. J. Mol. Sci. 19(7), 2083 (2018). ↩︎
  5. Morroni, F. et al. “Neuroprotection by 6-(methylsulfinyl)hexyl isothiocyanate in a 6-hydroxydopamine mouse model of Parkinson’s disease.” Brain Res. 1589, 93-104 (2014). ↩︎
  6. Oowatari, Y. et al. “Wasabi leaf extracts attenuate adipocyte hypertrophy through PPARγ and AMPK.” Biosci. Biotechnol. Biochem. 80(8), 1594-1601 (2016). ↩︎
  7. Nouchi, R. et al. “Benefits of Wasabi Supplements with 6-MSITC on Memory Functioning in Healthy Adults Aged 60 Years and Older.” Nutrients 15(21), 4608 (2023). ↩︎
  8. Oka, T. et al. “Clinical effects of wasabi extract containing 6-MSITC on myalgic encephalomyelitis/chronic fatigue syndrome: an open-label trial.” Biopsychosoc. Med. 16, 26 (2022). ↩︎
  9. Nakajima, R. et al. “Oral administration of 6-methylsulfinylhexyl isothiocyanate extracted from wasabi is safe and improves the fatigue and sleep of healthy volunteers.” (2023). PMID: 37612759. ↩︎

※本記事は学術論文の内容を紹介するものであり、特定の商品の効能効果を述べるものではありません。

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