慢性疲労症候群にわさび成分ヘキサラファンが効く? ― 認知機能・痛み・活力への効果を検証した臨床試験
「頭にずっと霧がかかっているようで、何も考えられない」「言葉がうまく出てこない」「身体を動かすとその後何日も寝込んでしまう」──こうした症状が重なる疾患が、慢性疲労症候群(ME/CFS:筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群)です。有効な治療法が確立されていない1 2 この難治性疾患に対し、ある食品由来成分が症状改善の可能性を示しました。日本の食卓でおなじみの「本わさび」に含まれる成分「ヘキサラファン(6-MSITC)」です。
今回は、国際医療福祉大学の岡孝和先生らが2022年に科学誌 Biopsychosocial Medicine に発表した臨床研究をご紹介します。この研究では、従来の治療で改善が得られなかったME/CFS患者15名にヘキサラファンを12週間投与し、認知機能、痛み、活力などへの効果を検証しました。
この記事でわかること
- 慢性疲労症候群(ME/CFS)とはどのような病気か、なぜ治療が難しいのか
- 従来の治療で改善しなかった重症患者15名にヘキサラファンを12週間投与し、ブレインフォグ・頭痛頻度・認知機能テストで有意な改善が確認された
- ヘキサラファンの抗酸化・抗炎症作用が、ME/CFSの症状改善に寄与した可能性がある
慢性疲労症候群(ME/CFS)とは
慢性疲労症候群(ME/CFS)は、休息しても回復しない重度の疲労が6ヶ月以上続く疾患です。ブレインフォグ(認知機能障害)、労作後倦怠感(PEM)、痛みなど多彩な症状が重なりますが、有効な治療法は確立されていません1 2 3。病態の全体像については「慢性疲労症候群(ME/CFS)の症状・原因・診断・研究」で詳しく解説しています。
ヘキサラファン(6-MSITC)とは ― 本わさび由来の抗炎症・抗酸化成分
本メディアでもたびたびご紹介してきたヘキサラファン(6-MSITC)は、日本産本わさびの根茎に含まれる希少なイソチオシアネート化合物です。改めて主なはたらきを整理すると、以下のとおりです。
- 抗炎症作用 ― マクロファージ(免疫細胞)における炎症シグナルを抑制する4 5
- 抗酸化作用 ― 体内の酸化ストレスを軽減する6 7 8
- 神経炎症の抑制 ― ウイルス感染モデルにおける脳内炎症を抑える9
- 認知機能の改善 ― アルツハイマー病モデルマウスでの記憶障害を軽減8。健康な中高年を対象としたRCTでも認知機能改善が報告10
ME/CFSの病態に酸化ストレスと神経炎症が関与しているとすれば、ヘキサラファンの持つこれらの作用がME/CFSの症状改善に寄与する可能性がある──研究チームはこの仮説のもとに、臨床試験を実施しました。
先行研究: 元大阪公立大学病院の中富先生らによるパイロットスタディ(2017年)では、ME/CFS患者18名にヘキサラファンを1〜3ヶ月投与したところ、6名で全般的な改善、2名で顕著な改善が観察されていました11。ただし、投与量や期間が患者ごとに異なり、各症状への効果は詳しく調べられていませんでした。本研究は、この先行研究の限界を踏まえ、固定用量・固定期間で実施されたものです。
このような背景をもとに、岡先生らの研究チームはヘキサラファンのME/CFSに対する効果を体系的に検証する臨床試験に取り組みました。
【研究紹介】ME/CFS患者15名を対象とした12週間の臨床試験
研究デザイン
本研究はオープンラベル試験※として実施されました。新しい治療候補の有効性を探索する初期段階の研究として位置づけられます。
- 研究デザイン: オープンラベル試験(前後比較)
- 対象: ME/CFS患者15名(男性3名・女性12名、20〜58歳、平均37.5歳)。重症度の平均はPS 6.8で、大半が週の半分以上を自宅で安静にしているレベル
- 罹病期間: 平均5.1年(発症後)
- 発症契機: 12名がウイルス感染後に発症(感染後発症型)
- 併存症: 5名が線維筋痛症を合併
- 重要な条件: 従来の治療を3ヶ月以上受けても十分な改善が得られなかった患者のみが対象
- 投与内容: ヘキサラファン(6-MSITC)9.6 mg/日(1.6 mgカプセル × 6個、毎食後2個ずつ)。なお、9.6 mgのヘキサラファンは約20gの本わさび(根茎)に相当します
- 投与期間: 12週間
- 測定項目: PS、疲労スケール、睡眠、痛み(主観・圧痛閾値)、認知機能(主観・TMT-A)、起立試験、心理指標(POMS2・HADS〈病院不安抑うつ尺度〉)、QOL(SF-36)
- 実施機関: 国際医療福祉大学病院 心療内科
- 登録番号: jRCTs 031190205
用語解説
- オープンラベル試験
- 参加者も研究者も、投与されている物質が何かを知っている状態で行われる臨床試験。プラセボ(偽薬)群がないため、心理的な影響(プラセボ効果)を完全に排除することはできない。そのため、有効性を確定するためには、今後プラセボ対照の二重盲検RCTでの検証が必要。
※なお、本研究では多数の項目を同時に検定しており(多重比較の補正は行われていません)、個々のp値の解釈には注意が必要です。
研究結果
従来の治療で十分な改善が得られなかったME/CFS患者15名に、ヘキサラファン(9.6 mg/日)を12週間投与した結果、探索的な解析として複数の項目で統計的に有意な変化が観察されました。以下はプラセボ対照のない探索的研究の結果であり、確定的な結論ではない点にご留意ください。
1. 認知機能が有意に改善
ME/CFS患者にとって日常生活への影響が大きい症状のひとつであるブレインフォグと認知機能障害が、主観評価・客観テストの両方で有意に改善しました。

※NRS(Numerical Rating Scale)は、症状の重さを0(なし)〜10(最悪)で患者自身が評価するスコアです。
※p値は偶然では説明できない変化かどうかを示す統計指標で、一般に0.05未満で「統計的に有意」と判断されます。
とくにTMT-A(Trail Making Test-A:紙面上の数字を1→2→3…と順に線でつないでいく速度を測る認知機能テスト)のスコアは、治療前の53.0秒から38.1秒へと約28%短縮しました。健常者の平均値(20〜30代で29 ± 8秒、40代で30 ± 8秒)に近づいており、客観的な認知機能の改善傾向を示唆しています。
2. 痛みの症状が改善
頭痛の頻度が週4.1回→3.0回、筋痛が週4.1回→2.4回に減少しました。圧痛閾値(あっつういきち:痛みを感じ始める圧力の強さ)も上昇していました。

3. 活力・QOLが向上
POMS2(気分プロフィール検査)の活力スコアが46.9→50.0に、SF-36(健康関連QOL尺度)の全体的健康感・活力もいずれも有意に上昇しました(いずれもp < 0.05)。患者の「やる気が出てきた」「もっと動きたくなった」という主観的な実感を裏付けています。
4. パフォーマンスステータス(PS)が有意に改善
日常生活の活動レベルを示すPSスコアが、治療前 6.8 から治療後 6.3 へ有意に改善しました(p = 0.014)。15名中6名でPSが改善し(残り9名は変化なし)、うち2名はPSが3未満(ME/CFSの診断基準を下回る水準)にまで回復しました。

5. 疲労スコアには有意な変化なし ― その理由
一方で、疲労を直接測定するCFS-11(11項目版チャルダー疲労スケール)スコア(22.0 → 20.5)やNRS疲労スコア(5.9 → 5.5)には統計的に有意な変化は見られませんでした。
この結果については、2つの解釈が考えられます。
解釈①(研究チームの考察): それまでほぼ寝たきりだった患者が活動レベルを上げたことで、「以前より動けるようになったが、動いた分だけ疲労を感じる」という状態になった可能性があります。実際、PSの改善を予測する因子を調べたところ、疲労スコアではなく、TMT-A(認知機能テスト)とPOMS2緊張スコアの改善であることが回帰分析(複数の要因から結果を予測する統計手法)で確認されています。
解釈②: 単純に、ヘキサラファンは疲労そのものには効果がなかった可能性もあります。ヘキサラファンの効果は認知機能や痛みなど特定の症状に選択的であり、疲労という中核症状への作用は限定的だったという解釈です。
いずれの解釈が正しいかは、今後のプラセボ対照試験で検証される必要があります。
6. 起立不耐症・睡眠への効果は限定的
起立試験については、全体として起立パターンに有意な変化はありませんでした。ただし個別に見ると、1名がPOTS(体位性頻脈症候群)から正常パターンに改善し、1名が起立性低血圧から正常パターンに改善しています。睡眠については、PSQI(ピッツバーグ睡眠質問票)スコア(10.9 → 9.3)に有意な変化はなく、効果は限定的でした。
7. 安全性
12週間の投与期間中、重篤な有害事象は報告されませんでした。
参加者の実感
15名中14名が「治療は効果があった」と回答し、特に認知機能とブレインフォグの改善を実感したと述べています。なお、PSスコアが改善したのは15名中6名でしたが、PSが変わらなかった患者でもブレインフォグや痛みなど個別の症状が楽になったことで「効果あり」と回答したケースが含まれています。以下に代表的な参加者の声を紹介します。
※以下は臨床試験参加者の主観的な感想であり、原論文(Oka 2022)に掲載されたものです。個人の体験であり、効果を保証するものではありません。
参加者Aさん:「以前は頭の中がいつも鈍く霞がかかっていましたが、今はブレインフォグが晴れる時間が増えました。言葉をうまくまとめられなかったのが、今はできるようになり、考えるたびに頭や背中が熱くなっていた感覚もおさまりました」
参加者Bさん:「以前は頭がずっと霞んでいて、思考力と記憶力がゼロでした。でも今はクリアになったと感じます。健康だった頃と比べるとまだまだですが、かなり改善して、生活が楽になりました。会話を理解できるようになり、言葉も出てくるようになりました」
参加者Cさん:「ブレインフォグが減ったので、料理のように複数のことを同時にできるようになりました。以前は3〜4桁の数字すら覚えられませんでしたが、今はできます。音楽も聴けるようになりました」
こうした参加者の実感は、TMT-Aや圧痛閾値といった客観的な検査結果と整合しており、主観・客観の両面から改善傾向が裏付けられています。
考察:なぜ認知機能や痛みが改善したのか
前述のとおり、ヘキサラファンには抗酸化・抗炎症(特に神経炎症の抑制)作用があります。これらがME/CFSの病態に関わる酸化ストレス12と脳内炎症13を軽減し、認知機能や痛みの改善につながったと研究チームは推察しています。加えて、経口摂取による腸内細菌叢への影響が腸脳相関を介して症状改善に寄与した可能性も仮説として挙げられています14。いずれも現時点では推察・仮説の段階であり、今後の検証が必要です。
一方、疲労スコアには有意差が認められませんでした。認知機能・痛み・活力では改善が見られたことから、ヘキサラファンは特定の症状領域に選択的に作用している可能性があり、そのメカニズムの解明は今後の研究課題です。
この研究の意義と限界
本研究の最大の意義は、従来の治療を3ヶ月以上受けても改善が得られなかった重症患者において効果が確認された点にあります。とりわけ、これまで有効な治療法が限られていたME/CFSの認知機能障害(ブレインフォグ)に対して改善が見られたことは注目に値し、ヘキサラファンは今後の研究が期待される成分です。食品由来成分であるため安全性も高く、12週間の投与で重篤な有害事象は報告されず、過量投与試験(16 mg/日、4週間)でも安全性が確認されています。加えて、主観的な症状改善と客観的テスト(TMT-A、圧痛閾値)の結果が整合しており、結果の信頼性を支持しています。
一方で、本研究にはいくつかの限界があります。オープンラベル試験でありプラセボ対照群がないため、プラセボ効果を排除できず、効果を確定するには二重盲検RCTが必要です。サンプルサイズが15名と小規模であり、結果を一般化するには大規模試験での検証が求められます。長期効果も不明ですが、試験終了後に15名中10名がヘキサラファンの摂取を継続している点は付記に値します。作用メカニズムは未解明であり、今後の血液バイオマーカー分析などによる検証が期待されます。また、労作後増悪(PEM)への効果は本研究では評価されていませんが、一部の参加者の報告はPEMへの効果を示唆しています。
[ 引用・参考文献 ]
本記事の主要論文:
- Oka T, Yamada Y, Lkhagvasuren B, Nakao M, Nakajima R, Kanou M, Hiramatsu R, Nabeshima Y. “Clinical effects of wasabi extract containing 6-MSITC on myalgic encephalomyelitis/chronic fatigue syndrome: an open-label trial.” Biopsychosoc Med 16, 26 (2022). DOI
本文中の引用:
- Carruthers BM et al. Myalgic encephalomyelitis: International Consensus Criteria. J Intern Med 270(4), 327-338 (2011). ↩︎
- Institute of Medicine. Beyond Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome: Redefining an Illness. The National Academies Press (2015). ↩︎
- Carruthers BM, van de Sande MI. Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome: A Clinical Case Definition and Guidelines for Medical Practitioners (2005). ↩︎
- Chen J et al. Microarray-based determination of anti-inflammatory genes targeted by 6-(methylsulfinyl)hexyl isothiocyanate in macrophages. Exp Ther Med 1(1), 33-40 (2010). ↩︎
- Uto T et al. Molecular Mechanisms Underlying Anti-Inflammatory Actions of 6-(Methylsulfinyl)hexyl Isothiocyanate Derived from Wasabi. Adv Pharmacol Sci 2012, 614046 (2012). ↩︎
- Morroni F et al. Neuroprotection by 6-(methylsulfinyl)hexyl isothiocyanate in a 6-hydroxydopamine mouse model of Parkinson’s disease. Brain Res 1589, 93-104 (2014). ↩︎
- Trio PZ et al. DNA Microarray Highlights Nrf2-Mediated Neuron Protection Targeted by Wasabi-Derived Isothiocyanates. Gene Regul Syst Bio 10, 73-83 (2016). ↩︎
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- Okunishi I et al. The effects of wasabi root-derived 6-(methylsulfinyl) hexyl isothiocyanate on neurocognitive functions in cognitively intact middle-aged and older adults. Jpn Pharmacol Ther 47(2), 275-286 (2019). ↩︎
- Nakatomi Y et al. Anti-inflammatory effect of 6-(methylsulfinyl)hexyl isothiocyanate from Wasabia Japonica and the possible therapeutic effect on chronic fatigue syndrome. Proceedings of the 13th Japanese Conference on Fatigue Science 13, 31 (2017). ↩︎
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- Nakatomi Y et al. Neuroinflammation in patients with chronic fatigue syndrome/myalgic encephalomyelitis: An ¹¹C-(R)-PK11195 PET Study. J Nucl Med 55(6), 945-950 (2014). ↩︎
- Varesi A et al. The Emerging Role of Gut Microbiota in Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome (ME/CFS). J Clin Med 10(21), 5077 (2021). ↩︎
※本記事は学術論文の内容を紹介するものであり、特定の商品の効能効果を述べるものではありません。ME/CFSの症状にお悩みの方は医療機関へのご相談をおすすめします。なお、ME/CFSに対応できる医療機関はまだ限られているのが現状ですが、「ME/CFS 専門外来」等のキーワードで受診可能な施設を探すことができます。