本わさび由来ヘキサラファンが高齢者の記憶力を改善する可能性 ― 二重盲検ランダム化比較試験が示した科学的エビデンス

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投稿日:2026.04.17  |  更新日:2026.04.17  |  約9分で読めます

「あの人の名前、なんだっけ」──60代を過ぎた頃から、こんな場面が増えたと感じる方は少なくありません。

加齢にともなう記憶力の低下は、多くの人が60代を過ぎた頃から実感し始めます1。人の名前や顔が結びつかない、会話の内容をあとから思い出せない、料理の段取りがうまく組み立てられない。こうした「ちょっとした困りごと」は、放置すると日常生活の自信や意欲の低下につながり、家族との関係にも影響を及ぼすことがあります2

しかし近年、栄養学的なアプローチによって記憶機能の低下を軽減できる可能性が報告されるようになりました3。本メディアでもたびたび取り上げてきた、日本産本わさび由来の成分「ヘキサラファン(6-MSITC)」もその候補の一つです。

今回ご紹介するのは、人間環境大学の野内類先生(論文発表時は東北大学)らが2023年に科学誌 Nutrients に発表した臨床研究です。ヘキサラファンを60歳以上の健康な高齢者に12週間摂取してもらい、記憶機能への効果を二重盲検ランダム化比較試験(RCT)という信頼性の高い研究デザインで検証しました。

この記事で分かること

加齢と認知機能 ― なぜ「記憶力」が重要なのか

認知機能には記憶力のほか、注意力・判断力・処理速度など複数の領域が含まれます。このうち記憶力は、加齢とともにほぼ線形に低下していくことが知られています1。つまり、ある日突然衰えるのではなく、年齢を重ねるごとに少しずつ、しかし確実に落ちていくのです。そしてこうした記憶力の低下は、日常生活の質(QOL)の低下に直結することが報告されています2。記憶の問題は本人の自覚がしやすい反面、進行に気づきにくいという特徴があり、早期からの対策が重要と考えられています。

栄養学の分野では、地中海食・ブルーベリー・ルテインなど、さまざまな食品成分と認知機能の関連が報告されてきました3 4。こうした流れの中で、日本の伝統的な薬味である本わさびに含まれる成分も注目され始めています。本メディアでもたびたび取り上げているヘキサラファン(6-MSITC)は、抗酸化・抗炎症作用を持つ本わさび由来成分であり、酸化ストレスや慢性炎症が主因とされる認知機能低下5 6に対しても有用である可能性が指摘されています。

これまでは主に中年層を対象とした試験で認知機能への効果が報告されていましたが7 860歳以上の健康な高齢者を対象とした厳密な臨床試験は行われていませんでした。今回の研究は、その初めての試みです。


研究内容と結果

研究デザイン

本研究は、二重盲検ランダム化比較試験(RCT)という、臨床研究において最も信頼性が高いとされるデザインで実施されました。参加者も研究者も、誰がヘキサラファンを摂取しているか知らない状態で試験が進行するため、思い込みによるバイアス(偏り)が排除されます。

  • 研究デザイン:二重盲検ランダム化比較試験(RCT)
  • 対象:60〜80歳の健康な高齢者72名(平均年齢65.43歳、男性19名・女性53名)
  • 群分け:
    • ヘキサラファン群(36名):ヘキサラファン 0.8 mg/日を含むわさびエキスカプセル
    • プラセボ群(36名):有効成分を含まないカプセル
  • 摂取期間:12週間(毎日1カプセルを就寝前に摂取)
  • 測定項目:実行機能、エピソード記憶、処理速度、ワーキングメモリ、注意力、短期記憶、推論、視空間能力など広範な認知機能
  • 実施機関:東北大学 加齢医学研究所 / スマート・エイジング学際重点研究センター
  • 登録番号:UMIN 000032694
老化さん 用語解説
二重盲検ランダム化比較試験(RCT)
参加者をランダムに2つのグループに分け、一方に試験物質、他方にプラセボ(偽薬)を投与する試験方法です。参加者にも研究者にもどちらを摂取しているか知らせないため、心理的な影響を排除した客観的な評価が可能になります。医学研究において「エビデンスレベルが最も高い」とされる研究デザインです。

研究結果

1. ワーキングメモリが有意に改善

ワーキングメモリの評価には「数唱逆唱テスト」(読み上げられた数字を逆順に復唱する課題)(参考:https://maruhi-lab.com/webprog/DigitSpan01040_web/)が用いられました。ヘキサラファン群はプラセボ群に対して統計学的に有意な改善を示しています。この能力は、電話番号を聞いてすぐメモする、レシピを見ながら複数の工程を同時に進めるなど、段取りを要する場面で特に重要です。

2. エピソード記憶が有意に改善

さらに、エピソード記憶(出来事の記憶)についても、以下の3つの指標すべてで有意な改善が確認されました。

  • 論理的記憶テスト(即時再生): 短い物語を聞いた直後にどれだけ覚えているかを測定
  • 論理的記憶テスト(遅延再生): 30分後にどれだけ覚えているかを測定
  • 顔と名前の連合記憶テスト: 人の顔と名前の組み合わせをどれだけ覚えられるかを測定

エピソード記憶は、「昨日何を食べたか」「誰と何を話したか」といった日常の出来事を記憶する能力です。特に人の名前を覚えることの難しさは、高齢者の記憶に関する悩みの中でも最も多いものの一つであり9、この改善は日常生活の質の向上に直結します。

3. その他の認知機能には有意差なし

一方、処理速度、注意力、抑制機能(ストループテスト=注意の切り替え能力を測る検査)、推論能力、視空間能力については、両群間に有意な差は認められませんでした。


考察

研究結果で確認されたのは、記憶機能に限定された改善でした。では、なぜ記憶だけが改善したのか。

論文の著者らは、ヘキサラファンの抗酸化・抗炎症作用が記憶の中枢である海馬を酸化ストレスや炎症から保護し、神経可塑性が維持された結果ではないかと考察しています。海馬は酸化ストレスに対して非常に脆弱な組織であり、ワーキングメモリとエピソード記憶の両方に中心的な役割を果たしていることから10、この推論には一定の合理性があります。

老化さん 用語解説
海馬
脳の奥にある記憶の形成を担う領域のこと

しかし、ここで一つの疑問が残ります。別の基礎研究(García-Yagüe et al., 2026)でマウスにヘキサラファンを経口投与したところ、海馬への到達濃度は大脳皮質の約4分の1にとどまることが報告されています11(この研究の詳細はNOMON & Co.解説記事をご覧ください)。つまり、海馬に届くヘキサラファンの量は相対的に少ないのに、なぜ海馬依存的な記憶機能が改善したのか。論文だけでは、この点は十分に説明されていません。

そこで、私たちNOMON & Co. のサイエンティストは、以下のような仮説をたてています。いずれも検証前の段階ですが、今後の研究の方向性を考えるうえでの手がかりになると考えています。

NOMON & Co. サイエンティストの仮説:

仮説1:低濃度トリガー説(Keap1-NRF2経路の増幅)

NRF2の活性化は、摂取量に比例して効果が大きくなるものではない。ヘキサラファンが微量でも細胞に届けば、NRF2の分解が抑えられ、細胞内の抗酸化・抗炎症の防御機構が一斉に立ち上がる。つまり、海馬に届く量が少なくても、防御機構を立ち上げるのに十分であれば、海馬の抗酸化能は大きく向上しうる。

仮説2:ミトコンドリア機能改善説

海馬は脳の中でも特にエネルギー消費が大きい領域である。ヘキサラファンによる酸化ストレスや炎症の抑制が、ミトコンドリア(細胞のエネルギー工場)の機能を改善することで、エネルギー需要の高い海馬で二次的に効果が現れた可能性がある(ヘキサラファンのミトコンドリアへの直接的な作用を示した研究はまだなく、今後の検証が必要)。

これらの仮説は、「海馬への到達量が少ないのに記憶が改善した」という一見矛盾する結果を説明しうるものであり、今後の検証が待たれます。


この研究の意義と今後の展望

本研究は、60歳以上の健康な高齢者を対象に、ヘキサラファンの記憶機能改善の可能性を二重盲検RCTで検証した初の臨床試験です。

特筆すべきポイントは以下の通りです。

  • エビデンスレベルの高さ: 二重盲検RCTによる検証であり、信頼性が高い
  • 実用的な投与量: わずか0.8 mg/日という少量で効果が確認された
  • 安全性の確認: 先行研究において5倍量の安全性評価でも副作用は報告されていない12
  • 日常生活への直結: 改善が確認された記憶機能(物語の記憶、人の名前と顔の記憶)は、まさに日常で困りやすい領域

今後の展望

本研究はサンプルサイズが72名と比較的小規模であり、日本人の高齢者のみを対象としています。今後は、より大規模かつ多施設・多民族の試験、脳画像を用いた研究、バイオマーカー(体内の変化を示す指標)の測定などにより、ヘキサラファンの作用メカニズムと効果がさらに検証されることが期待されます。


参考文献

本記事の主要論文:

  • Nouchi, R. et al. “Benefits of Wasabi Supplements with 6-MSITC (6-Methylsulfinyl Hexyl Isothiocyanate) on Memory Functioning in Healthy Adults Aged 60 Years and Older: Evidence from a Double-Blinded Randomized Controlled Trial.” Nutrients 15(21), 4608 (2023) DOI

本文中の引用:

  1. Wilson, R.S. et al. “Normative Cognitive Decline in Old Age.” Ann. Neurol. 87, 816–829 (2020) ↩︎
  2. Njegovan, V. et al. “The Hierarchy of Functional Loss Associated with Cognitive Decline in Older Persons.” J. Gerontol. 56, M638–M643 (2001) ↩︎
  3. Solfrizzi, V. et al. “Nutritional Intervention as a Preventive Approach for Cognitive-Related Outcomes.” J. Alzheimer’s Dis. 64, S229–S254 (2018) ↩︎
  4. Nouchi, R. et al. “Effects of Lutein and Astaxanthin Intake on the Improvement of Cognitive Functions.” Nutrients 12, 617 (2020) ↩︎
  5. Hajjar, I. et al. “Oxidative Stress Predicts Cognitive Decline with Aging.” J. Neuroinflammation 15, 17 (2018) ↩︎
  6. Sartori, A.C. et al. “The Impact of Inflammation on Cognitive Function in Older Adults.” J. Neurosci. Nurs. 44, 206–217 (2012) ↩︎
  7. Okunishi, I. et al. “The Effects of Wasabi Root-Derived 6-MSITC on Neurocognitive Functions.” Jpn. Pharmacol. Ther. 47, 275–286 (2019) ↩︎
  8. Oka, T. et al. “Clinical Effects of Wasabi Extract Containing 6-MSITC on ME/CFS.” Biopsychosoc. Med. 16, 26 (2022) ↩︎
  9. Bolla, K.I. et al. “Memory Complaints in Older Adults.” Arch. Neurol. 48, 61–64 (1991) ↩︎
  10. Yonelinas, A.P. “The Hippocampus Supports High-Resolution Binding.” Behav. Brain Res. 254, 34–44 (2013) ↩︎
  11. Carnicero-Senabre, D. et al. “Hexaraphane as a potential therapeutic strategy for tauopathies.” Redox Biol. (2026) ↩︎
  12. Okunishi, I. et al. “Safety Evaluation of 6-MSITC and Wasabi Sulfinyl.” Food Sci. Technol. Res. 26, 813–824 (2020) ↩︎

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