NMNは卵子の質を改善できるのか ― 不妊治療の現場が注目する最新エビデンス
「採卵しても良い卵が取れない」「AMH※が低い」——不妊治療の現場で繰り返し直面するのが、年齢とともに低下する卵子の質の問題です。
用語解説
- AMH
- 卵巣にどれだけ卵子が残っているかを示す「卵巣予備能」の血液マーカーのこと。
日本産科婦人科学会のART※データブックによれば、2022年の体外受精(IVF)実施件数は約54.3万件にのぼり、その年に生まれた子どものうち約11人に1人が体外受精由来と報告されています。一方、採卵1回あたりの生産率は35歳を境に急速に低下し、40歳では10%前後まで落ち込むことも知られています1。
用語解説
- ART
- 生殖補助医療。
体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)が高度に発展しても、その成功率を大きく左右する中核因子の一つが「卵子の質」です2。そして卵子の質は年齢とともに不可逆的に低下し、現時点で卵子そのものの質を改善する治療法は確立していません。これが、不妊治療における大きな課題の一つです。
そのなかで、生殖医療研究者が注目し始めているのがNMNです。本メディアでもこれまで、NMNがどのようにNAD+を高めるのか、またNAD+が身体のパフォーマンスにどう関わるのかを取り上げてきました。2025年には、産婦人科領域の主要ジャーナルの一つに、ヒトの卵子を用いてNMNの有効性を検証した研究(著者らは「世界初の報告」と位置づけ3)が掲載されました。動物実験中心だったこれまでの流れに、ヒト由来データという新しいレイヤーが加わりつつあります。
本記事では、NMNと卵子の質に関する最新のエビデンスを、基礎研究から臨床データまで整理します。
この記事でわかること
- 「卵子の老化」の正体——なぜNAD+の低下が鍵なのか
- NMNが卵子に作用すると考えられているメカニズム
- ヒト卵子で示された最新研究(2025)
- その他の注目エビデンス:動物実験、AMHパイロット試験、ESHRE 2025
なぜ「卵子の老化」が起こるのか ― 鍵はミトコンドリアとNAD+
卵子はヒトの細胞の中でも非常に多くのミトコンドリア※を含む細胞として知られ、受精・着床・初期胚発生に必要なエネルギーの大部分を卵子由来のミトコンドリアが供給します。そのミトコンドリアがエネルギーを生み出すために不可欠な補酵素がNAD+です。
用語解説
- ミトコンドリア
- 細胞の中にあるエネルギーをつくる小さな発電所
NAD+は加齢とともに減少していくことがわかっており(その仕組みはこちらの記事で解説)、卵子でも同じことが起きています。NAD+が枯渇すると、卵子内では以下の連鎖が生じることが指摘されています。
- エネルギー不足 — ミトコンドリアがうまく働かず、受精や胚の発育に必要なATP※が足りなくなる
- 染色体の分配ミス — 染色体※を均等に分ける仕組みが乱れ、染色体の数が正しくない卵子ができやすくなる
- 細胞の「サビ」 — 活性酸素※がたまり、卵子の内部が傷ついていく
- DNAの傷が治りにくい — 遺伝情報の修復が追いつかず、損傷が蓄積していく
用語解説
- ATP
- 細胞が使うエネルギー通貨。ミトコンドリアでつくられ、あらゆる生命活動の燃料になる。
- 染色体
- 細胞の中にある遺伝情報の束。ヒトは通常46本を持つ。
- 活性酸素
- 呼吸などの過程で発生する反応性の高い酸素分子。少量なら生体防御などに役立つが、増えすぎると細胞やDNAを傷つけ、老化や機能低下の原因になる。
臨床的な意味: 卵子の成熟率が低い、胚盤胞まで育たない、着床しても流産を繰り返す
——これらの臨床的課題の根底に、NAD+の低下を介したミトコンドリア機能不全がある可能性が指摘されています。
では、この「NAD+の枯渇による卵子機能の悪化」に、私たちはどう介入できるのでしょうか。近年の研究が注目しているのが、NAD+の前駆体であるNMNです。
NMNが卵子に作用する仮説メカニズム
動物実験では、NMNが卵子に対して主に次の3方向で働くことが繰り返し確認されてきました。
- ミトコンドリア活性化 — NAD+を補充してエネルギー産生を回復させる
- 抗酸化 — 活性酸素による卵子の損傷を抑える
- DNA修復の下支え — 損傷した遺伝情報の修復を助ける
つまりNMNは、前章で見た「NAD+枯渇→卵子機能低下の連鎖」を、上流で止めうる候補ということです。残る問いはシンプルで、「同じことがヒトの卵子でも起きているのか」。ここからが2025年以降の展開です。
ヒト卵子で見えてきたこと① ― 統合解析(Hum Reprod Update, 2025)
2025年、Ramírez-Martínらは7件の前臨床研究を統合解析するとともに、46個のヒト卵子について「どの遺伝子がどれくらい働いているか」を1個ずつ網羅的に調べました4。
その結果、卵子が「未熟」から「成熟」へ育つ過程で働く遺伝子群と、NMNの作用点(NAD+関連経路)が、以下の3つの軸で重なっていることが示されました。
- 発電所の稼働 — ミトコンドリアのエネルギー生産を管理する遺伝子
- サビ取り — 活性酸素を除去して卵子を守る遺伝子
- 発電所のメンテナンス — ミトコンドリアの分裂・新陳代謝を制御する遺伝子
動物実験で見えていたNMNの作用点が、ヒト卵子のレベルでも同じ経路に重なっている——これは「ヒトで効きうる」という仮説を、遺伝子発現データで裏打ちした初期の報告です。

ヒト卵子で見えてきたこと② ― IVMでの成熟改善(AJOG, 2025)
同じ研究グループは続けて、産婦人科領域の主要ジャーナルの一つ「American Journal of Obstetrics and Gynecology(AJOG)」に、ヒト未成熟卵子そのものを用いた体外成熟試験を発表しました。
研究デザイン
- 研究デザイン: ヒト未成熟卵子を用いた体外成熟(IVM※)試験
- 対象: 38歳以上の不妊女性から採取した未成熟卵子。対照群としては35歳以下の若年女性の卵子を使用
- 介入: NMNを含む培養液での体外成熟
- 主要評価項目: 核成熟率(卵子が受精可能な状態まで育った割合)、単為発生活性化率(精子なしでも卵子が発生を始める力の指標)
- 実施機関: IVI Foundation(スペイン)
用語解説
- IVM(In Vitro Maturation)
- 採卵で得られた未成熟な卵子を、体外で培養して成熟させる技術。通常のIVF(体外受精)が成熟卵を採取するのに対し、IVMは未成熟卵を後から成熟させる点が異なる。
結果
- 38歳以上の卵子で、NMN添加により核成熟率が統計的に有意に改善
- 単為発生活性化率も改善
- 35歳以下の若年群では同様の差は認められず → 加齢卵子に特異的な効果
位置づけ
これは原理の証明(proof of concept)であり、「IVMでNMNを使えばすぐに治療に応用できる」という意味ではありません。個別研究としての踏み込んだ解釈は、記事後半の「考察」でまとめて行います。
その他の注目エビデンス
AJOG論文以外にも、NMNと卵子の質をめぐるエビデンスは複数の方向から蓄積しつつあります。
動物実験:加齢・肥満モデルでの回復
高齢マウス(加齢モデル)にNMNを経口投与した複数の独立研究で、排卵数の増加、ミトコンドリア機能の回復、活性酸素の減少、受精率・胚盤胞到達率の向上、さらに産児数の有意な増加までが報告されています5 6。また、肥満マウスでは卵巣の炎症・卵子の構造異常・DNA損傷の改善も報告されています7。背景の異なる複数モデルで効果が繰り返し確認されている点が、NMNの生物学的妥当性を裏付けています。
日本発のパイロット試験:AMHが約40%改善
2024年、メディカルパーク湘南と株式会社サンテ研究所の共同研究チームが、30〜40代の健康な女性にNMNを2ヶ月間経口摂取してもらったパイロット試験の結果を発表し、AMHが平均約40%改善したと報告しています8。ただし、詳細な試験デザインはプレスリリース上で十分に開示されておらず、査読付き論文としての掲載も確認されていません。再現性はプラセボ対照の大規模RCTを待つ必要があります。
ESHRE 2025:DOR患者でのNMN併用の可能性
2025年6月、欧州ヒト生殖学会(ESHRE)の年次総会で、Sen Sharma医師が35歳未満の卵巣予備能低下(DOR)の女性50名を対象とした後ろ向き研究を口頭発表しました9。NMNを排卵誘発に併用した群(25名)では、対照群と比較して妊娠率が2倍(48% vs 24%)、必要ゴナドトロピン※量が約半分(267 IU vs 471 IU)と有意な差が認められました。流産率も低い傾向(8.3% vs 16.7%)を示しており、複数の指標でNMN併用群が優勢でした。後ろ向き研究かつ小規模ではあるものの、NMNの経口摂取が不妊治療の実臨床成績を改善し得ることを示した初期臨床データとして注目されます。
用語解説
- ゴナドトロピン
- 性腺刺激ホルモンであり、不妊治療における排卵誘発や性腺機能低下症の治療に用いられる。
進行中の臨床試験
ClinicalTrials.govにはNMNと生殖医療に関する試験(NCT06629636、NCT06426355など)が登録されており、国内でもメディカルパーク湘南が多数の不妊症女性を対象とした臨床試験を進めています。これらの結果が揃えば、「NMNは不妊治療の補助療法になり得るのか」という問いに科学的に明確な回答が得られるでしょう。
3つの臨床・ヒト試験の比較
| 研究 | 対象 | 介入 | 主要結果 | エビデンスレベル | 主な限界 |
|---|---|---|---|---|---|
| AJOG 2025(※3) | 38歳以上の不妊女性の未成熟卵子 | IVM培養液にNMN添加(in vitro) | 核成熟率・単為発生活性化率が有意に改善 | in vitro試験(ヒト卵子) | 経口摂取での効果は未検証 |
| 日本パイロット試験 2024(※8) | 30〜40代の健康女性 | NMNを2ヶ月経口摂取 | AMHが平均約40%改善と報告 | プレスリリース(論文報告無) | プラセボ非対照、試験デザイン非開示 |
| ESHRE 2025(※9) | 35歳未満のDOR女性 n=50(各群25名) | 排卵誘発周期中にNMNを経口併用 | 妊娠率2倍(48% vs 24%)、ゴナドトロピン使用量が約半分 | 後ろ向き研究(学会発表) | 小規模・単施設・学会発表 |
考察:これまで報告されているエビデンスが示すもの
「NMNは不妊治療の補助療法になり得るのか」という問いに対する回答を得るために、「in vitro(ヒト卵子)」「in vivo(動物経口摂取)」「ヒト経口摂取(小規模)」といった実験によって、裏付けられようとしています。
とくにESHRE 2025で報告されたゴナドトロピン使用量の約半減(267 IU vs 471 IU)は、もし大規模RCTで再現されれば、患者の身体的負担と治療費の双方を下げる実用的インパクトを持ちます。不妊治療は注射の頻度・費用・身体への負荷が大きい領域だけに、この数字の意味は小さくありません。
ただし、経口で摂ったNMNがヒトの卵子内NAD+を実際にどこまで押し上げているのかを直接測ったデータは、まだほとんどありません。in vitroで見えた効果が経口摂取でも同じように起きているのかは、今後の検証を待つ必要があります。
エビデンスの現在地
- ヒト卵子でのポジティブな結果が報告された:38歳以上の女性の卵子で、NMN添加により核成熟率が有意に改善(AJOG, 2025)
- 動物実験では一貫した効果:加齢・肥満モデルで卵子の質や妊孕性を改善
- 初期臨床データが蓄積:日本発のパイロット試験でAMHが約40%改善、ESHRE 2025ではDOR患者でNMN併用の可能性を示唆
- 大規模RCTによる確定的エビデンスはまだ:現在複数の臨床試験が進行中
今後の課題
- 大規模RCTの不足: ESHRE 2025は50名の後ろ向き研究、日本パイロットは単群試験でプラセボ対照ではありません。確定的エビデンスのためには、多施設・二重盲検・プラセボ対照のRCTが不可欠です。
- 用量・期間の最適化: 不妊治療のどのフェーズ(採卵前・誘発中・IVM併用等)で、どれくらいの期間・用量が最適かは未確定です。
- 長期安全性: 短期の忍容性データは蓄積されつつありますが、妊娠成立後・胚発生への影響に関する長期追跡は限定的です。
現在、複数の前向き臨床試験が進行中であり、これらの結果がそろうと、現在の「示唆に富むが確定的でない」状況は大きく前進するはずです。
本記事を読むうえでの注意
NMNは複数のヒト臨床試験で概ね良好な忍容性が報告されていますが、不妊治療中・妊娠計画中の方が摂取を検討する場合は、必ず主治医に相談のうえ判断してください。排卵誘発剤等との相互作用や胚移植サイクル中の摂取可否は、個別の臨床判断に委ねられるべき領域です。また、妊活・不妊治療における最適用量は現時点で確定していません。本記事は特定のサプリメント製品の使用や効果を推奨するものではなく、最新研究の動向を解説するものです。NMNが体内でNAD+に変換される仕組みそのものについては、この記事もあわせてご覧ください。
[ 引用・参考文献 ]
- 日本産科婦人科学会「ARTデータブック 2022年」. ↩︎
- 日本生殖医学会「生殖医療Q&A Q24.加齢に伴う卵子の質の低下について」. ↩︎
- Ramírez-Martín N et al., Nicotinamide mononucleotide supplementation improves oocyte developmental competence in different ovarian damage conditions. Am J Obstet Gynecol. 2025; 233: 112.e1–20. ↩︎
- Ramírez-Martín N et al., NMN supplementation as a strategy to improve oocyte quality: a systematic review and transcriptomic analysis. Hum Reprod Update. 2025. ↩︎
- Miao Y et al., Nicotinamide mononucleotide supplementation reverses the declining quality of maternally aged oocytes. Cell Rep. 2020 Sep 22; 32(12): 108209. ↩︎
- Bertoldo MJ et al., NAD+ repletion rescues female fertility during reproductive aging. Cell Rep. 2020 Feb 11; 30(6): 1670–1681. ↩︎
- Luo C et al., Administration of nicotinamide mononucleotide improves oocyte quality of obese mice. Cell Prolif. 2022; 55(11): e13303. ↩︎
- メディカルパーク湘南・株式会社サンテ研究所「NMNサプリメントによる卵巣予備能の改善効果」共同通信PRワイヤー. 2024年10月9日(プレスリリース・未査読). ↩︎
- Sen Sharma D, Nicotinamide mononucleotide—a NAD+ precursor—a new hope for rejuvinating fertility outcome in young infertile women with diminished ovarian reserve: a retrospective analysis. Hum Reprod. 2025; 40(Supplement_1): deaf097.217. ↩︎