わさび成分ヘキサラファンは「しみる歯」の象牙質を再生する? ― TRPA1に依存しない新しいメカニズムを解説

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投稿日:2026.08.14  |  更新日:2026.08.14  |  約9分で読めます

冷たい飲み物やアイスを口にした瞬間、歯にキーンとした痛みが走る。虫歯ではないのにしみるこの感覚に、心当たりのある方は多いのではないでしょうか。こうした「しみる歯」の背景にある象牙質の再生に、本メディアでもたびたび取り上げてきた成分が関わる可能性が報告されました。本わさび由来のヘキサラファン(6-MSITC; 6-メチルスルフィニルヘキシルイソチオシアネート)です。1

今回取り上げるのは、東京歯科大学の澁川義幸教授らが2026年に The Journal of Physiology に発表した研究です。本研究は、ヘキサラファンが歯をつくる細胞「象牙芽細胞」に働きかけ、象牙質の再生(反応象牙質の形成)を後押しする可能性を示しました。しかもその作用は、わさびの辛味センサーとして知られるTRPA1には依存しない、新しいしくみによるものでした。1


この記事で分かること

  • 冷たいものでしみる「象牙質痛」がなぜ起こるのか
  • わさびの辛味センサーTRPA1と、歯をつくる細胞「象牙芽細胞」の意外な関係
  • ヘキサラファン(6-MSITC)が象牙質の再生を後押しした主なポイント
  • その作用が、TRPA1に依存しない新しいイオン輸送のしくみだったこと

背景:なぜ歯は「しみる」のか ― 象牙質と象牙芽細胞

はじめに、しみる痛みの正体を整理しておきます。歯は外側から、非常に硬いエナメル質、その内側の少しやわらかい象牙質、さらに神経や血管が集まる歯髄という層構造をしています。

老化さん用語解説
象牙質
エナメル質の内側にある歯の主要な層。無数の細い管(象牙細管)が通っている。

歯髄
象牙質の内側にある、神経や血管が集まる組織。

酸性の飲食物や強すぎる歯みがきなどでエナメル質が削れると、内側の象牙質が露出します。象牙質にはトンネルのような細い管が無数に通っており、そこには液体が満たされています。冷たさなどの刺激が加わると、この液体が管の中を移動します。その動きを、象牙質をつくる細胞である象牙芽細胞が感じ取り、神経へ信号を伝える物質(ATPやグルタミン酸)を放出することで、しみる痛み(象牙質痛)が生じると考えられています。1

老化さん用語解説
象牙芽細胞
象牙質をつくり出す細胞。歯髄のいちばん外側に並んでいる。

象牙質痛
露出した象牙質に冷たさなどの刺激が加わって生じる、一過性のしみる痛み。

こうしたしみる痛みへの対処として、歯科では削れた部分にレジンを詰めたり、薬剤で象牙質の表面を覆ったりする方法が広く行われています。ただし、こうした処置は表面を物理的にふさぐアプローチであり、状況によっては外れてしまうこともあります。そこで近年注目されているのが、象牙芽細胞に直接働きかけ、象牙質そのものを再生させるという発想です。今回の研究は、その候補となる成分に光を当てたものです。1


わさび成分ヘキサラファン(6-MSITC)とTRPA1センサー

では、なぜ「わさび」なのでしょうか。ここで登場するのが、TRPA1(トリップエーワン)というセンサータンパク質です。TRPA1はわさびの辛味を受け取るセンサーとして知られています。2 温度や刺激を感じ取るこうしたTRPチャネルの研究は、2021年のノーベル生理学・医学賞にもつながりました。

このTRPA1は、皮膚や口の粘膜の神経だけでなく、歯の象牙芽細胞にも存在し、象牙質の形成に関わることが分かってきていました。そこで研究チームは、「わさびの成分でこのセンサーを刺激すれば、象牙芽細胞に象牙質をつくらせることができるのではないか」と考えたのです。1

その主役が、本わさびに含まれる成分の一つヘキサラファン(6-MSITC)です。ヘキサラファンは、本メディアでもたびたび取り上げてきた成分です。これまでに、抗酸化の司令塔Nrf2を二重経路で活性化するしくみや、がん・認知症・肥満への可能性を整理した総説などを紹介してきました。今回の研究は、そうしたヘキサラファンの多面的な顔に、「歯・象牙質の再生」という新しい一面を加えるものです。3


この研究の問い

ヘキサラファンをはじめとするわさび由来の成分(わさびスルフィニル類)は、TRPA1を活性化することが知られています。しかし、それが本当に象牙芽細胞の石灰化(=象牙質づくり)を促すのか、そして仮に促すとして、それはTRPA1を介した作用なのかは、はっきりしていませんでした。1

そこで研究チームは、ヘキサラファンとその8種類の誘導体を用意し、象牙芽細胞の石灰化に対する影響と、そのしくみを多角的に検証しました。1


研究でわかったこと

1. ヘキサラファンが象牙芽細胞の石灰化を促進した

培養した象牙芽細胞にわさびスルフィニル類を加えたところ、ヘキサラファン(6-MSITC)と、その誘導体の一つ6-MSFITCが、とりわけ石灰化を促進しました。石灰化は、カルシウムイオンなどが沈着して硬い組織がつくられる、歯の発生と再生に欠かせないプロセスです。1

2. 培養液のpHが上昇した

このとき、細胞を培養していた培養液のpHが有意に上昇していました。これは後述するイオンのやり取りを反映した変化で、石灰化が進みやすい環境づくりに関わる手がかりと考えられます。1

3. ラットの歯で象牙質の再生が促された(生体内)

作用は培養皿の中だけの話ではありませんでした。ラットの奥歯(下顎第一臼歯)に穴を開け、そこにヘキサラファンを作用させると、その真下で反応象牙質の形成が促されることが確認されました。生きた動物の歯の中でも、象牙質の再生を後押しした結果です。1

老化さん用語解説
反応象牙質
削れや刺激を受けた歯が、内側から新たにつくり出す象牙質。歯が自らを守るための修復反応。

4. わさびの辛味成分AITCは、逆に石灰化を抑えた

意外だったのは、ここからです。研究チームは比較のため、わさびの代表的な辛味成分であり、TRPA1を活性化する物質として知られるAITC(アリルイソチオシアネート)も試しました。ところがAITCは、石灰化を促すどころか、有意に抑制しました1。 この結果から研究チームは、ヘキサラファンによる石灰化の促進はTRPA1の活性化を介さない(TRPA1に依存しない)しくみによるものだと考えられる、と結論づけています1。ただしこれは、TRPA1そのものを直接止めて確かめたのではなく、TRPA1作動薬が逆向きに働いたことからの推論である点には留意が必要です。 裏を返せば、「わさびの辛味成分ならどれでもよい」わけではない、ということでもあります。

5. 正体はカルシウムを「外へ運び出す」しくみだった

では、どのようなしくみだったのでしょうか。鍵を握っていたのは、象牙芽細胞がカルシウムを細胞の外へ運び出す力でした。象牙質は、細胞の外に送り出されたカルシウムが積み重なってできていきます。つまり、この「運び出し」が活発になるほど、新しい象牙質はつくられやすくなります。1

研究チームは、ヘキサラファンがこの運び出しを、細胞に備わった複数の「運び役のタンパク質」をバケツリレーのようにつないで加速させていたことを突き止めました。この経路の途中にあるタンパク質(CAやPMCA)の働きを薬で止めると、ヘキサラファンを加えても石灰化はほとんど進みませんでした。この一連のしくみ(CA–SLC4As–NHE–NCX–PMCA軸)こそが、ヘキサラファンが象牙質の再生を促す正体だと考えられています。先に「培養液のpHが上昇した」と述べたのも、このリレーの入り口でイオンのやり取りが動いていたことの表れと考えられます。1

細胞の中でイオンがどのように受け渡されていくのか、その詳しい流れを知りたい方は下の図をご覧ください。


この研究の意義:「削って覆う」から「再生させる」へ

この研究の意義は、しみる歯への対処を、削れた表面を物理的にふさぐ従来のアプローチから、象牙芽細胞に働きかけて象牙質そのものを再生させるアプローチへと広げる可能性を、分子のレベルで示した点にあります。しかも、その担い手が身近な本わさびに含まれる成分だったことも興味深いところです。1 論文の末尾で研究チームは、ヘキサラファンを象牙質の再生療法として用いるための臨床研究をすでに開始したと述べています1。ただし論文の時点でその結果は公表されておらず、ヒトでの有効性と安全性の評価は、今後の報告を待つ段階です。


限界と今後の課題

一方で、この研究にはいくつかの限界もあります。中心となっているのは培養細胞とラットを用いた実験であり、ヒトで同じ効果が得られるかどうかは、今後の臨床研究による検証を待つ必要があります。1

さらに、ヘキサラファンの作用は濃度によって向きが変わることも報告されています。石灰化が促進されたのは40 µMおよび100 µMの濃度域であり、4〜20 µMというより低い濃度では、逆に石灰化が低下しました。また、10 µM・50 µMでは培養した細胞の数そのものが有意に減少しています。論文はこれを「二相性(bimodal)の効果」と表現し、その詳しいしくみは現時点では不明としています1

そのうえで、身近な食品成分から歯の再生医療につながる手がかりが見つかったことは、今後の研究の広がりを感じさせる知見だといえます。


まとめ

  • 冷たいものでしみる「象牙質痛」は、露出した象牙質の管の中で液体が動き、象牙芽細胞を介して神経に信号が伝わることで生じると考えられている
  • 本わさび由来のヘキサラファン(6-MSITC)は、培養した象牙芽細胞の石灰化を促進し、培養液のpHを上昇させた
  • ラットの歯では、ヘキサラファンが反応象牙質の形成を後押しし、生体内でも象牙質の再生に働くことが示された
  • わさびの代表的な辛味成分AITCは逆に石灰化を抑えたことから、ヘキサラファンの作用はTRPA1を介さないと考えられ、CA–SLC4As–NHE–NCX–PMCAというイオン輸送の連携によるものと結論づけられた
  • ヘキサラファンの作用は濃度によって向きが変わり、低濃度では逆に石灰化が低下した。この二相性のしくみは論文でも「不明」とされている
  • ただし現段階では細胞とラットが中心であり、ヒトでの有効性・安全性は今後の検証を待つ必要がある

[ 引用・参考文献 ]

  1. Furusawa Y, et al. 6-Methylsulfinylhexyl isothiocyanate activates carbonic anhydrase-dependent HCO₃⁻/H⁺/Na⁺/Ca²⁺ transport via SLC4As–NHE–NCX–PMCA axis in odontoblasts. The Journal of Physiology. 2026. ↩︎
  2. Jordt SE, et al. Mustard oils and cannabinoids excite sensory nerve fibres through the TRP channel ANKTM1. Nature. 2004;427(6971):260-265. ↩︎
  3. Bartkowiak-Wieczorek J, et al. Methylsulfinyl Hexyl Isothiocyanate (6-MSITC) from Wasabi Is a Promising Candidate for the Treatment of Cancer, Alzheimer’s Disease, and Obesity. Nutrients. 2024;16(15):2509. ↩︎

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